むかし、むかしのお話です。
一つの山を隔てて、西の里村と東の里村という二つの村がありました。 二つの村が行き来するには、山の裾野をぐるりと周り、野宿しながら若者の足でも3日も4日もかかります。 ところが、村を隔てている山の峠を越えると、2日ぐらいで、行き来ができるのです。 でも誰も山の峠越えをする者はいませんでした。 それにはわけがありました。二つの村を隔てる山は、妖怪山と呼ばれ、 峠を越えようとするものは、妖怪につかまりひどい目に遭わされるというのです。 ある日のこと、西の里村の村人が、はやり病にかかり、 年寄りや子どもが高熱で次々と倒れているとの知らせが、 東の里村に告げられました。もう、西の里村の薬草もつきかけていました。 そこで、東の里村では、なんとか薬草を西の里村に少しでも速く届けたいと思いました。 一人の強健な若者が、自分が妖怪峠を越えて、薬草を届けると名乗りを上げました。 村人は沢山の薬草を用意し若者に持たせることにしました。 若者が出発の準備をしているとき、村の長老がやって来て若者に言いました。 「いいか、峠にさしかかったならば、なにがあっても上を見てはいけない。前を見てもいけない。とにかく自分の足下以外は見てはならない。」そして「誰が話しかけても言葉を交わしてもいけない。」と。 若者は、西の里村をめざし旅立ちました。少しでも早くこの薬草を西の里村に届けようと走りました。 峠は深い山道でしたが、妖怪がここに住み着く以前に、人が旅をしていたと思われる道が残っていました。 ずっと走り続けだった若者は、山頂近くでひと休みをすることにしました。 竹筒の水を飲み、おにぎりを食べているときです。 若者の前に、美しい女が現れ、「後生ですからお水を少し下さいな。」と話しかけてきました。 その美しさは、すがた形ばかりではなく、話しかける声までもが、鈴を転がすような綺麗な声でした。 思わず水を差し出しそうになった若者の頭に、村の長老の話が蘇ります。 若者は、目を閉じ身動き一つしませんでした。こんな妖怪峠に女が一人でいるはずがない。 この世のものとは、思えない美しさ。「これは、絶対に鬼が化けているんだ。」若者は必死に目を閉じ何度も頭の中で繰り返します。 女は、もうのどが渇いて死にそうだと哀れな言葉で、若者に訴えます。 「あーっ、だめだ、だめだ。」聞いちゃいけない。若者は両手で耳をふさぎました。どのくらいの時間がたったのか人の気配が消え、若者は、また走り出しました。 何度もなにかがうごめくような気配や、なにか話しかけてくる声がしましたが、若者の強い意志は、長老の教えをしっかりと守り、ひたすら足下だけを見て、走りつづけ、ついに西の里村に、たった一日でたどり着くことができました。 村では、大喜びで若者を迎え、その勇気を讃えました。 村長は若者に、是非とも自分の娘を嫁に貰って欲しいと頼みました。 そして、娘を呼びました。するとどうしたことでしょう。あの妖怪峠で、出会った美しい娘ではありませんか。 村長の娘は、鬼に拐かされて、働かされていたのでした。 若い男の生き胆を食べなければ鬼は死んでしまうことを、娘から初めて聞かされました。 そして、もう長いこと人が来なくなっていた峠では、若者が鬼の最後の命綱だったのです。 鬼が弱った様子を見て、一目散に逃げ帰って来たというのです。 若者は、もちろん美しいこの娘と結婚しました。 そして、西の里村では、流行り病から村人を助けてくれたお礼に、 いままで、西から昇っていた太陽を、東から昇るように天地の神に祈りを捧げました。 むかし、むかしのおはなしです。 そんなことがあって、太陽は、東から昇って西に沈むようになったんですよ。
by haru123fu
| 2011-03-02 12:48
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Comments(10)
よく出来たお話ですね。
昔話に、本当にありそうです。 約束を守るとか、意思を貫くとか、教訓もちゃんと入っていて、感心しちゃいます。 この若者は病人も救って、娘も救ったんですね。 ハッピーエンドもステキ!!
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ヴァッキーノ
at 2011-03-02 18:42
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もぐら
at 2011-03-02 19:33
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日本昔話で語られそうですね。
村と村ってたいがい仲が悪いお話が多い中 なんだかharuさんらしく 助け合って、思いあっていいお話でした。 東に住む人は幸せ。いつでも一番先に太陽を迎えることができて。 西に住む人は幸せ。いつでも一番最後に太陽を見送ることが出来るから。 そんな歌詞の歌思い出しました。(^-^)
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yokuya2006 at 2011-03-02 20:36
綺麗なだけで女性と結婚するとは、この若者も青いのう。
と、思いました。
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marinegumi at 2011-03-02 23:56
なかなかいいですねー
昔話の体裁のショートショート? これぐらいの短さでまとめるなら、語り口を昔話風にしてはどうでしょう。 一人の老婆が語る感じで。 もっと言葉を選んで、さらに短くするか、反対にもっと書きこんで、普通の語り口で短編小説にするというのもありですよね。 そういう事をあれこれ考えるのもまた楽しいです。
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haru123fu at 2011-03-03 09:05
♪♪ りんさん。
ありがとうでーす。昔ばなしって、なんでもありなので好きです。 ホントはちがうのかな……?良くわからないのでまぁいいや。 って、テキトーな私です。でもきっと昔話は、「めでたし、めでたし。」って終わればそれでいいんですよね。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
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haru123fu at 2011-03-03 09:15
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haru123fu at 2011-03-03 09:22
♪♪ もぐらさん。
東に住む人は幸せ。いつでも一番先に太陽を迎えることができて。 西に住む人は幸せ。いつでも一番最後に太陽を見送ることが出来るから。 とってもステキな歌詞ですね。そんなふうに、様々なことに 感謝して生きられる人生って、とっても幸せでしょうね。 「幸せ感じ上手にならなくては!」って、 張り切ってできるものでもなさそうな。でも、もぐらさんにも、 皆さんにも、とっても感謝してますよー!(/ ^^)/アリガトネ
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haru123fu at 2011-03-03 09:28
♪♪ yokuyaさん。
さすがに、大人の男性のご意見です。おとぎ話とか、童話とか、 最後は必ずハッピーエンドですが、 若者と娘のカップルは、その後どうなったのでしょうか。 きっと、倦怠期が訪れているとは思うのですが。(o^-^o)ウン。ウン。
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haru123fu at 2011-03-03 09:44
♪♪ 海野 久実さん。
実は、このショート・ショートが、まだよく理解できていません。 短編小説とショート・ショートは、どこがちがうのかなぁ? 長いと長編小説なのかなぁ?(笑) でも、海野さんのおかげで、様々な繰り広げ方があるんだなぁ! って、思いました。 今度、暇なとき海野さんのおっしゃるように、書き換えてみようかな!(o^-^o)オモシロソウ あ、私はいつも暇だった。。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 ウェーン
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