場末のかなり古びたビルの2階にひっそりと「夢、売ります」と書かれた紙が貼ってあるドアがあった。
「本当だったのか。」俺はつぶやく。 一週間ほど前のことだった。友人が訪ねてきたので、酒を呑みながらひとしきり人生論をぶつけ合った。 いつものことだ。呑めば呑むほどにお互い冗舌になり勢いづく。 ヤツは、俺から言わせればバカがつくほどポジティブな考え方をする。 それに反して俺は、「社会が悪い、政治家など無能な奴らの集団だ。」などと、 自分の境遇をなんでも世の中のせいにして、物事を斜めに見る癖があった。 まったく意見の噛み合わない二人だったが、幼馴染みの腐れ縁とでもいうか、 時々、こんな風に酒を酌み交わし、言いたいことを言い合う。 まったく違う考え方をするので、時には掴み掛からんばかりの口論になることもある。 しかし、これで案外本当は気が合っているのかも知れない。 この日も、言いたい放題言い合っていて、ふと俺は疑問を感じた。 ヤツも俺もとうに四十半ばを越している。 小さな町工場で油まみれになって働いているが、安月給のほとんどは家賃と食費で消えて無くなる。 ヤツだって、俺と大して変わらないような生活だ。 なぜヤツはそこまでポジティブな考え方ができるのか? ただのアホみたいな楽観主義者じゃないのかと思っていたが、今日はなぜか疑問となる。 そして俺の頭の中にどんどん膨らんでいく。突然話を止めた俺の顔をヤツが覗き込むように見る。 「どうした?」と聞く。俺はこの疑問をヤツにぶつけてみた。 「なんだ。そんなことか!」とヤツは笑った。 そして意味ありげに「実はな、俺は夢を買っているのさ。」と答えた。 ガキでもあるまいに、夢や希望だなどと本当にヤツはバカじゃないのかと今さらながらに思った。 そんなことがあって今、このドアの前に俺は立っている。もちろん俺がバカにして笑うので、ヤツは口から唾を飛ばしながら真剣にこの店のことを話す。 本当にその店は存在していた。 それにしても、「夢、売ります。」なんて半信半疑で、ドアノブに手をかけた。 中は薄暗く狭い。濃いえんじ色のカーテンが日差しを遮るように垂れ下がっていた。 その中央に同じえんじ色のテーブルクロスを掛けたテーブル。 まるで占い師のようなに白髪の老婆が一人腰掛けている。 俺を見て、自分の前の椅子に腰掛けるようにと俺を促す。 「どのような夢をお望みですかな?」しわがれた声で俺に聞く。 「今のままでは将来が心配です。」不思議なほど素直に自分の気持ちが 口をついて出た。 「あなたには安らぎの夢が良いでしょう。」老婆はそう言って カーテンの向こうに消えていった。 少しして紙袋に入った薬のような物を持って出てきた。「よろしいですか、これを飲む前に、自分が将来こうなりたいと思う姿を強く思い描くのです。そして、それからゆっくりお休み下さい。あなたは、あなたの望みどおりの夢の世界を見ることができます。」 10分程度の時間で、治療代と称して、二千円を支払う。部屋を出るともう次の客が来ていた。 俺は目をさました。そう、半信半疑ながらも老婆の言うとおりにした。確かに夢を見た。 競馬で大穴を当てた。次から次へと札束が、雨のように降り注ぐ。俺には全世界が明るく見えた。 それから数日、俺には楽しい夢の世界が待っていた。 どんなに嫌なことがあっても、夜が待ち遠しいほど楽しかった。俺はいつもの通りビールを呑んで ベットへ入った。少しワクワクしながら。 ところが、朝目を覚めるといつものような夢を見ていなかった。それどころか追い詰められるような嫌な夢を見て、体中冷や汗をかいていた。「そうか、薬の効き目が終わったのか」俺はひとりつぶやいていた。 そんな事があっていつの間にか、まるで引き寄せられるように、例のドアの前に立っている俺がいた。
by haru123fu
| 2016-06-13 12:53
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Comments(4)
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curatortome at 2016-06-13 13:13
薬を飲むと、夢と現実が逆転して「毎日が夢みたいに楽しいんだけど、眠ると、薬を飲む前の現実みたいないやな夢ばかり見るんだ」というオチもありそ。
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haru123fu at 2016-06-13 21:44
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haru123fu at 2016-06-14 22:51
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